「過疎バス」概論・第2版(2002年)
First Released : 2002/01/04
Last Updated : 2006/01/11
※この内容は、乗合バス事業の需給調整規制の緩和が2002年2月に実施されるなどにより、内容が古くなった個所が多く見受けられたため、02/01/04に大幅修正したものです。
※道路運送法の一部改正が06年10月1日に施行されました。これによって、下記内容は大幅変更となっていますので、ご注意ください。(例えば、「21条バスの制度は廃止<臨時的運行を除く>」「80条バスは79条に移行し、許可制から登録制へ変更」「地域公共交通会議制度」など)
最新版の内容はこちらをご参照ください。
はじめに
◎路線バス(道路運送法<バスやタクシーの営業を規定する法律>第3条の「一般乗合旅客自動車運送事業」に基づくバス)は、
・主に通勤・通学・通院・買物といった日常生活に利用される「生活路線」
・観光などに利用される「非生活路線」
の2種類に分けることができます。
◎このうち特に生活路線については、モータリゼーションと道路整備の進展によって、バスの利用が減少し、路線運行の採算が悪化し、民間バス事業者による維持が困難になってきています。
◎従来、バス事業者の収益を支えてきた都市部の路線についても、近年採算が悪化する傾向にあります。
さらに2002年2月1日には、路線バス事業の参入・退出を自由にする規制緩和が行われ、その結果、バス事業者による路線網維持の枠組を支えてきた「内部補助」(都市部路線の収益によって不採算路線の赤字を補填する方法)のスキームも崩壊しつつあります。
◎一方、過疎地域では、急速な人口減少によってバス路線の存立が困難である一方、自動車を利用できない高齢者が相対的に多いことから、福祉の観点からバス路線を維持する必要があります。
また、少子化も著しいことから、小・中学校の統廃合が進み、遠距離通学を可能とするためのスクールバス的な路線バスの維持も大きな課題となっています(詳しくは「スクール」路線バスの実態を参照)。
◎そこで、バス事業者・自治体・国(国土交通省)によるバス路線維持のためのさまざまな方策が検討・実施されてきたわけです。
過疎バス −転落の構図−
日本では、鉄道・路線バス事業は運賃収益で経営する形を基本としてきました。これは、名古屋市交通局のような公営交通も同様で、「地方公営企業法」に基づいた独立採算制がとられており、運営への公的補助は限られた形でしか行われてきませんでした。
一方で、路線バス事業は昭和50年代以降、ジリ貧を続けてきました。路線バスの採算ラインは「平均乗車密度」(バスに乗っている人数の全線での平均と考えればよい)が10〜15人程度とされており、このレベルを維持している路線は非常に限られています。
したがって、路線バス事業者は、大学・病院・空港アクセスや高速バスといった一部の採算路線で収益を稼ぎ、他の大多数の不採算路線の赤字を埋めるという「内部補助」の枠組によって路線網を維持してきたわけです。
この構造が、規制緩和によって根底から覆されることとなりました。採算路線への新規事業者参入が生じ採算性が悪化する一方、不採算路線からの退出が容易になることによって、多くが不採算状態にある生活路線が存続の危機にさらされていることを理解しておく必要があります。
もっとも、過疎地域のバスは、規制緩和以前から、少子高齢化とモータリゼーションの進展によって、以前からその存続が困難となってきており、路線維持のためのさまざまな策が実施されてきていました。規制緩和によって、過疎バス維持策が都市部の路線バスにも拡大されることとなったわけです。
1.企業努力による路線維持
採算ラインを割り込んだ系統については、事業者はまず合理化等の企業努力によって経費を削減することを考えます。
具体的な手法はさまざまですが、近年多くなっているのが、「分社化」や「子会社への移管」という、運行会社の変更を伴う方法です。
バスの運行経費の大半を占めるのは運転手の人件費です。路線バスはワンマン化されているため、路線・ダイヤを維持したままこれ以上人員削減することは不可能です。したがって、残る道は運転手の給料を下げることしかありませんが、これも容易なことではありません。
バス事業を本社から分社化したり、もともとある子会社(貸切バスやタクシー会社が多い)に移管することによって、人件費を子会社のレベルに下げることができ、運行経費の削減に大きな効果があります。
運転手にとっては厳しいですが、路線バスの現状を考えると致し方ない面もあり、難しいところです。
近年では、完全にバス事業を分社・子会社移管するのではなく、路線免許を本社が保持しつつ運行・車両管理を子会社に委託するという方法も一般的になってきました。
名鉄バスは一部路線の運行を東濃鉄道・岐阜バスコミュニティ(路線バス事業者)・名鉄西部観光バス・名鉄東部観光バス(貸切バス事業者)・名鉄東部交通(もとはタクシー事業者)に委託しています。見た目は名鉄バスですが、運転手は各社の社員ですし、車両管理も各社で行っています。
この方法は、自社エリア縮小をよしとしないが、経費は削減したいと考えている既存バス事業者にとっては有効な方法と言えるかもしれません。
また、営業所別に分社を行うことも多く行われてきました。この場合、運営が地元密着型になり小回りが利くというメリットもあります。
東海3県内の例として、三重交通の分社子会社である三交伊勢志摩交通・三交南紀交通が挙げられます。
2.公的補助路線へ・・・まだセーフ
しかし、このような身を削る企業努力にも限界があります。その場合は、国や自治体から公的補助を得て路線を存続しようと考えることになります。
公的補助の制度は自治体によって異なりますが、おおむね、一つの市町村内で完結する系統は当該市町村から、複数の市町村を通る系統には関係市町村に加えて都道府県から補助を出すことができる仕組みになっています。さらに、複数の市町村を通り、系統延長が10km以上で、かつ輸送量が一定以上の基準を満たす生活路線系統には、国庫からの補助も出るようになっています(正確には、国と都道府県とで欠損を折半するしくみとなっています)。
事業者からの公的補助申請や休廃止申出(後述)について検討するための組織として、道路運送法施行規則(国土交通省令)にのっとって、各都道府県に「地域協議会」と呼ばれるものが設置されています。これは規制緩和後にできたもので、メンバーは、都道府県、市町村、地方運輸局、および路線バス事業者となっています。
さらに、これらとは別個に、過疎地域においては、路線バスが生活を支える重要な存在であるとの認識から、一般的な補助体系に上乗せされる形での補助制度が自治体によって設けられていることがあります。
なお、以前の公的補助制度では、補助の認定は「路線」や「区間」ごとに行われることが多かったのですが、近年では「系統」ごとに行われる形に変更されてきています。
系統は、起点・経由地・終点が異なるものを1つとして数えるものです。一方、路線は通常、複数の系統が束ねられています。同一路線であっても系統によって状況が異なることから、系統ごとの補助に改められたようです。
この見直しは、路線バスの分かりにくさの原因である多数系統が複雑に絡み合っている状態を単純化するという効果をもたらしました。
しかし、単純化によってそれまでは夜間は病院を経由しなかった系統がすべて病院経由に改められたり、過疎地域から都市地域に直通する系統が補助金確保のために途中で分断される一方、国庫補助獲得のために冗長な系統を存続させたりといった新たな問題を生むことにもなっています。
公的補助制度はバス路線のあり方を左右するものだけに、「よりよいバス路線」が生み出されるような制度であってほしいものですが、なかなかうまくいかないものです。
3.補助打ち切りと退出申し出・・・大ピンチ!!
バス事業者が路線存続の方針をとり、公的補助のサポートがあれば、その路線は曲がりなりにも維持されていきます。
しかし、更に乗客が減少すると、状況は厳しくなってきます。その目安となるのが、平均乗車密度5人です。
平成6年度までは、平均乗車密度5人を下回る路線は「第3種生活路線」と呼ばれ、旧運輸省による国庫補助制度がありましたが、その補助期限は3年間とされ、その間に平均乗車密度が回復しないと打ち切りとなり、路線存続が不可能となっていました。
現在の国庫補助の基準輸送量も、これを受け継いだものとなっています。
ただし、平均乗車密度5人が存廃の厳密なボーダーラインというわけではありません。
現在の各都道府県の補助制度における基準はまちまちであり、しかも一般的には欠損の一部を補助する(つまり、事業者の赤字はゼロにならない)形になっているため、採算ラインである平均乗車密度10〜15人を下回り、十分な公的補助を受けられていない系統は廃止の可能性が十分に考えられます。
規制緩和以前は、大手民鉄やJRバスの路線については、運行経費が高い一方で公的補助制度が適用外となっていることが多かったため、規制緩和前後に大量の路線廃止が行われたのですが、現行の補助制度では事業者の種別や経営状況は問わず、各系統の状況に応じて補助の是非を判断することとなったため、そのようなことはなくなっています。しかし、単一市町村内で完結する路線については、規制緩和後に国庫補助から外れることになったため、
特に、従来は安泰と思われた内部補助の枠組崩壊によって、比較的高い存廃のボーダーラインが設定されるようになっています。名鉄バスの場合、おおむね平均乗車密度7人を廃止対象系統の基準としているようです。
バス事業者が系統からの退出(廃止)を希望する場合、前述の「地域協議会」を通して自治体にその意向を申し出ることになっています。
規制緩和後の道路運送法では、系統からの退出を申し出てから半年が経てば、地元自治体の同意がなくても廃止が可能です。
しかし、半年間では地元自治体にとって対応する時間があまりに短いということで、一般には「地域協議会」への申し出から1年間という猶予期間が紳士協定的に設定されています。ただし、自治体とバス事業者との信頼関係が築かれていない場合や、単一市町村内の路線については、「地域協議会」を経ないこともありますので、注意が必要です。
※路線バスに関する補助金や地域協議会などの制度については、たとえば愛知県交通対策課によるページに記されていますので、こちらもご参照ください。
4.廃止か維持か? 迫られる選択
地元自治体の同意がなくても系統廃止が可能となった以上、バス事業者が退出を申し出た場合、従来通りに民間バス事業者が路線を運営することはもはや不可能となります。
したがって、1年という猶予期間のうちに、関係自治体は対応を決めて実施していかなければなりません。具体的に考えられる対応スキームは以下のとおりです。
A.他事業者への移管
その地域の別のバス事業者が路線を引き受けるものです。乗合バス事業者へ移管する場合が普通ですが、貸切バス・タクシー事業者が新たに乗合免許を取得して引き受けるケースもあります。
廃止対象路線の譲渡であるため無償譲渡であることが多く、車両・乗務員や営業所の移管が伴うこともあります。
また、多くの場合、自治体からの支援策が合わせて実施されます。
B.補助制度の新設による現状維持
一般的な公的補助制度では、欠損を自治体・国と事業者がそれぞれ負担する形となっているため、事業者の赤字は圧縮されてはいるものの存在しており、廃止申し出の原因となります。
したがって、地元自治体が現状のままでの存続を望むとすれば、欠損の全額あるいはそれに近い額を補助する特例を新たに設けることで、路線存続が可能となります。
C.第3セクター化
鉄道では多数の例がありますが、バスの場合は他のスキームに比べてデメリットが多く、ほとんど例がありません。
D.廃止代替バスへの移行
自治体が直接バス路線経営に参加するものです。この場合は「市町村営バス」ということになりますが、地方公営企業としての公営交通とは異なり、独立採算制ではなく公的補助による維持が前提となります。バス路線として存続する場合、このケースが最も多く採用されてきています。後で詳しく説明します。
E.乗合タクシーなどへの移行
バス(定員10人以上)でなくタクシー(10人未満)で運行するというものです。一般には自治体による廃止代替の形式がとられますが、バス事業者が自主的に実施するケースもありえます。
F.一般乗合でないバスへの移行
自治体等がバスを借り切ったり、自ら保有するバスを用いて、スクールバス・福祉バス・通院バス・公共施設巡回バスといった名前で運行する形態です。
一般には、無料乗車となりますが、大学が貸切バス会社と契約して運行するスクールバスなどでは有償の場合もあります。
運行目的が限定されるため、原則としてそれ以外の乗客が利用することができません。
G.廃止
全く代替措置がとられない場合です。沿線住民が極端に少なかったり、既に自治体バス等の手段が確保されている場合に多いですが、そうでなくても廃止となってしまうという寂しいケースも、近年では多く見受けられます。それまでのバス運行の意味は何だったのかと考えさせられます。
地元住民や自治体にとってはAのケースが最もありがたいのですが、ほとんどの場合は自治体が乗り出してB〜Eのいずれかの形で存続を図るか、Fのように特定目的に特化するか、あるいは廃止を容認するかのいずれかを選ばざるを得ません。
ここでは、自治体が主体的に運営し、一般客を対象とした路線バス的形態である、Dの廃止代替バスについて詳しく説明します。
廃止代替バスとは
本来、乗合バス(路線を定めて定期に運行する自動車により乗合旅客を運送する事業)は、道路運送法第3条の「一般乗合旅客自動車運送事業」に基づき、第4条に書かれている運行許可を国土交通大臣から受けることによって運行できます。これが通常の路線バスであり、「4条バス」と呼ばれます。
上記のAもしくはBは、この4条バスのままで実質的には自治体主体の路線になることを意味します。しかし、廃止代替バスは、4条バスとしては路線廃止した上で、新たに自治体バスとして運行されるもので、一部の例外を除き、
21条バス(貸切代替バス)
80条バス(自主運行バス)
のいずれかの形態で運行されます。
21条バス(貸切代替バス)
道路運送法 第21条には、
「一般貸切旅客自動車運送事業者は、次の場合を除き、乗合旅客の運送をしてはならない。
一 災害の場合その他緊急を要するとき。
二 一般乗合旅客自動車運送事業者によることが困難な場合において、国土交通大臣の許可を受けたとき。」
と書いてあります。
逆に言えば、一または二の条件をみたすときには、貸切バス事業者が路線バスを走らせてもよいわけです。
そこで自治体は、廃止代替バスとして、貸切バス事業者のバスを貸し切って、路線バスとして走らせるという方法をとることができます。これが21条バスです。
21条バスは貸切バスによる運行ですので、緑ナンバー車となります。
21条バスには、委託する事業者の違いによって、
1.もともと運行していたバス事業者が受託する
2.もともと運行していたバス事業者の子会社(貸切バス事業者、タクシー事業者など)が受託する
3.もともと運行していたバス事業者と無関係な事業者が担当する
の3通りがあります。
1の場合、廃止前と外見上ほとんど変化がなく、バス停や車両から一般のバスと21条バスとの違いを判別することが困難な場合が多いのが特徴です。
一方、2,3となるにしたがって、バス停や車両塗色の変更、車両の小型化といった変化が顕著になります。
※21条バス・80条バスの名称と定義の根拠は道路運送法によります。99/07/16の法改正によって、21条バスの記述がいったん「42条の2・11項」に移されたため、42条バスと呼ばれるようになりましたが、その後00/05/26に再び改正され、21条に戻りました。
そのため、当ページでは42条バスという呼称を用いている個所があります。
80条バス(自主運行バス)
道路運送法 第80条には、
「自家用自動車は、有償で運送の用に供してはならない。
ただし、災害のため緊急を要するとき、又は公共の福祉を確保するためやむを得ない場合であつて国土交通大臣の許可を受けたときは、この限りでない。(以下略)」
と書いてあります。
したがって、公共の福祉を確保するためやむを得ない場合、例えば過疎地における公共交通を最低限保障するためには、白ナンバー車で路線バスを運行してもよいわけです。
そこで自治体は、廃止代替バスとして、自らが保有する白ナンバーのバスを利用してバス事業を経営し、路線バスを走らせるという方法をとることができます。これが80条バスです。
80条バスには、運営形態の違いによって、
1.自治体が直営する
2.民間会社(バス事業者や運転手派遣業者など)に運行を委託する
の2通りがあります。
白ナンバー車は、理論上は、1種免許(普通の免許)で運転することができ、緑ナンバー事業者(道路運送法の「旅客自動車運送事業者」)に義務づけられている運行管理者の選任などをする必要がありません。しかしながら、実際には安全確保の観点から、運行にあたって国土交通省から緑ナンバー事業者と同等の取り組みを行うように指導を受けます。
なお、廃止代替バスのうち、21条バス・80条バス以外の形態として、
・4条免許(一般乗合バス)を維持しつつ、欠損の全額を公的補助とし、廃止代替バスやコミュニティバスを名乗る場合。
・無償運行とする場合(21条バス・80条バスは有償運行)。
があります。
廃止代替バス:21条バス vs 80条バス
現状
廃止代替バスに関する補助制度が初めてできたのは1972(昭和47)年でした。
この時、廃止代替バスには初年度のみ一般財源から補助が出ることになりましたが、21条バスに関する規定はなかったため、廃止代替バスは主に80条バスで運行されました。
しかし、1983(昭和58)年に21条バスに対する補助制度ができてからは、21条バスが増加し、最近では21条バスが過疎バスの主流を占めています。
メリット/デメリット
◎21条バスの有利な点
ノウハウを持つプロのバス・タクシー事業者に運行を委託するため、80条バスのように手探りで運行ノウハウを積み重ねていく困難がなく、経営に直接タッチする必要もありません。
また、公共が直接経営する80条バスではムダが発生しがちですが、民間に運行を委託する21条バスはこの弊害を排除することができます。
以前は、21条バスの多くは元の路線バス事業者が従来と変わらず運行する形でした。
地域によっては、旧国鉄のローカル線廃止問題と同様に、「○○バスが廃止されてしまうと村のイメージが落ちる」という意見が出ることもあります。
このような場合には、外見上従来とほぼ変わりなく運行される21条バスを選択することが大きなメリットになります。
ところが近年では、廃止代替バスの運行経費をなるべく抑えるという観点から、21条バスにおける業者選定も入札形式が多く採用されるようになってきています。
その場合、運行経費の高い既存路線バス事業者は排除され、貸切バス・タクシー事業者が新たに21条バスに参入するというケースも増加してきています。
◎80条バスの有利な点
自治体の直営であるため、自治体のバス運行に対する考え方(バス停や車両のデザイン、バス停の位置や間隔、路線・車両決定など)をそのまま反映した運行が可能です。
また、自治体が従来保有していたスクールバスや福祉バス等を利用することができ、これらの一本化・効率化を図ることができます。
80条バスは自治体直営であるため、廃止代替バスであることが明白であり、ゆえに「マイ・バス」意識も高まるものと考えられます。
過疎地域では21条バスにしようにも、委託させる事業者が存在しない場合や、遠隔地のため委託料が高くなってしまう場合もあり、地元での雇用対策という意味もあって80条バスが選択されることがあります。
近年は21条バスが主流
「一般路線バスと見た目にはあまり変化がなく、廃止代替バスであるということが分かりにくい」ことが21条バスのメリットであり、「自治体バスの特色を出しやすい」ことが80条バスのメリットであるとされ、それに基づいて選択が行われる時代が長く続いていました。
しかし、最近では21条バスの場合でも、自治体が専用車を購入して事業者に貸与・譲渡したり、独自デザインのバス停を設置したり、路線やダイヤの編成にも主体的に関わるなどといった、従来の80条バスに近いケースが多くなってきています。
21条バスの基本形態は、バス事業者は運行・車両管理を担当し、路線・ダイヤ設定と欠損補助を自治体が行うというものですが、上記のように運行事業者と自治体との分担関係をフレキシブルに設定することができます。
さらに、乗合バス事業に先立って行われた貸切バス事業の規制緩和によって、貸切代替バスである21条バスを受託できる事業者が増え、委託経費が低廉化していることもあって、近年では大多数の自治体バスが21条による運行となっています。
岐阜県上之保村や清見村のように、もともとあった80条バスを21条バスへ移行する事例も出てきています。
80条バスは自治体が運営するバスを想定したものですが、21条バスは単に貸切バス事業者による乗合バス運行について規定したものであるため、自治体以外からの運行依頼による21条バスも存在します。
従来の民間事業者でも、子会社にバス路線を移管する場合にもとの親会社自らが委託者となる21条バス形式を採用したり、運行経路が変化するデマンドバスを21条バスとして運行するケースがありました。
最近では、愛知県豊田市の「高岡ふれあいバス」のように、市のバックアップのもと、住民組織が委託者となって貸切バス事業者が21条バスを運行するケースも出てきています。
廃止代替バスをめぐる各主体の課題
以上のように、民間事業者単独による維持が不可能となったバス路線を存続するためのスキームは、規制緩和を前に少しづつ整備されつつあります。
しかし、それは多くの問題を抱えています。
そこで、廃止代替バスに関わる各主体ごとに、私が考える今後の課題をまとめてみます。
◎市町村
廃止代替バスの大部分は市町村が運営主体となりますので、廃止代替バスの命運を最も左右するのは市町村であると言えます。
従来のパターンでは、とりあえず廃止代替バスに移管される段階では、それまでの路線バスとほとんど同じ路線・停留所・ダイヤを継承し、その後地元要望などを受けて少しづつ変更を加えていくというものでした。
しかし、そもそも民間事業者が廃止対象路線に挙げたということは、その路線は「落第」を宣告されたと言ってもよい状態になっているわけですから、それを何の見直しもなくそのまま廃止代替路線として継続するのは妥当とは言えないはずです。
すなわち、廃止代替バスに移管する段階で何らかの見直しがあってしかるべきです。
一方で、廃止代替バスをいわゆる「巡回バス」のようにしてしまうのも考えものです。
すなわち、自治体運営になることによって、従来は路線バスが通っていなかった地区からも路線乗り入れの要望が出るようになり、それを反映し続けた結果、巡回バスのような冗長でどの地区にとっても不便な路線になってしまうということです。
このような状況にしないためには、路線の見直しを行える体制を確立しつつ、利用状況をモニタリングし公開することによって、路線バスとして妥当な利用状況にあるかどうかを絶えず確認できる状況にしておくことが必要です。
廃止代替バスでは赤字を解消するのは困難ですから、税金を充当する意味がある「使える」路線バスに改善していくことが最も大切であると言えましょう。
そしてそのために、市町村にも自治体バスを含めた公共交通全体の担当者を配置し、運営はもちろん、自治体バスの広報・フォローや事業者との調整機能を果たすことが必要となっていると考えます。入札やコンペによる委託事業者選定を導入して費用対効果を高めようとする市町村も増加していますが、市町村が明確なビジョンを持ち、路線のモニタリングと見直しを継続的に行う体制がない限りは、中長期的に路線衰退を招く結果となることは明らかです。
◎都道府県
都道府県が廃止代替バスに対して果たすべき最も大きな役割は、市町村を越えて広がっている公共交通ネットワークの分断を防ぐことです。
廃止代替バスやコミュニティバスは市町村が運営主体となるため、どうしても市町村界で路線が分断されてしまう傾向があります。
そのため、多くの都道府県では、市町村内で完結する支線的路線は市町村営による廃止代替バスに移管する一方、複数市町村にまたがる幹線的路線は既往の事業者による運行を維持(4条の場合と21条の場合がある)しつつ、都道府県が主体となって関係市町村も含めた公的補助を行うという方式をとってきました。
しかしその場合でも、幹線と支線とで運営主体が異なるため、運賃・ダイヤ・乗換場所の面で分断が生じたり、特に支線が既往事業者から切り離されて市町村運営となることで、実際は運行されていてもその存在が外からほとんど分からなくなり、ネットワークとしての体をなさないという問題がありました。
今後は、地域の主要都市と周辺部を結ぶ幹線的なバス路線の存続が次々に問題になってくる一方、規制緩和の結果として既往の事業者が引き受けることのできないケースが多く生じるものと考えられます。
この状況下では、路線バスネットワークの分断を防ぐという都道府県の役割はますます大きくなっていくものと考えられます。
その主戦場は、事業者と市町村、市町村間の調整を行う「地域協議会」ですが、今のところは各系統の廃止や公的補助に関する議論をするという限定された役割しか果たしていません。
本来はそのような消極的な役割だけでなく、地域全体の公共交通ネットワークがどうあるべきか、そしてそのために各路線・系統やターミナルがどうあるべきかということについて議論できるような組織となっていかなければならないと考えます。
その際、都道府県には、財政的な支援・調整はもとより、市町村が公共交通に取り組む際のアドバイザー的な役割が求められることになります。特に、複数市町村にまたがる路線に関しては、都道府県がその存続の意義を見極める目を持つことが必要です。
◎国
規制緩和の結果、国は廃止代替バスや自治体運営バスへの補助や介入からは一歩引いた形になっています。そのこと自体は、規制緩和や地方分権に伴う「地域公共交通は地域自身が考える」という趣旨に沿っているものであり、特に問題ではありません。
問題なのは、権限は委譲しても財源を委譲していないということです。
その象徴が、先に紹介した国庫補助制度です。地方分権の精神に合わない杓子定規的な基準であり、趣旨が明確とは言えません。
このような補助制度を維持する時代は終わっているのであって、自治体の意思を尊重し、使える路線バスを生み出す財政的枠組みを確立するという方向に転換することが必要であると考えます。
さもなくば、国庫補助の基準に縛られて思い切った見直しができない「使えない」路線が今後も維持されていくことになるでしょう。
また、路線バスの運行をハード的にサポートするための仕組みもあまりにも不足しています。「オムニバスタウン」のような補助制度は特定の市町村でスポット的にやるものではなく、本来は全国に展開していくべきものだと考えます。
道路特定財源の一般財源化が話題になっていますが、現状では全く不足している公共交通支援施策への活用が検討されずにいきなり一般財源化というのも突飛な話のように感じてなりません。
◎既存バス事業者
規制緩和以前は、既存バス事業者の地域独占がとかく悪者にされてきましたが、曲がりなりにも路線バスが一事業者によって統一されているということは、ネットワークとしては好ましいことです。
規制緩和によって既存事業者がその一元的なネットワークを維持できなくなるとすれば、都道府県がネットワーク維持の役割を代わりに務める必要があるわけです。
しかし、既存事業者にとって、地域の公共交通ネットワークを維持してきたということは、本来は最も大切かつ固有の財産であり、「地域の信頼」の源泉となり、グループ企業も含めた経営に大きなプラスとなっているはずです。
路線廃止によってそのことを思い知らされた既存事業者も少なくないと聞いています。
したがって、よほど路線バス事業が足を引っ張っているのでない限りは、なるべくグループ内で路線存続を考えていくことが望ましいということになります。
具体的には、できるかぎり分社や子会社への移管・委託という形で存続し、廃止代替バスにする場合でもグループ企業で受託するということです。
既存事業者は新規参入事業者に比べて一般に運行経費が高いため、公的補助路線となる場合には運行経費の低いグループ内貸切バス・タクシー会社を活用することで路線確保が可能となるわけです。
極端には、全く系列関係のない会社に再委託するということも考えられるでしょう。こうなると「丸投げ」のようですが、元請けの既存事業者が「のれん」やノウハウ・システムを提供することは、それなりの意味を持つでしょう。
このような傾向がどんどん進むと、既存事業者(本社)はコーディネーター・アドバイザー役に特化し、実際の運行を担当する事業者が別に存在するという形態になっていくことになります。加えて、必ずしも公共交通政策について詳しいとは言えない自治体に対し、今まで地域公共交通を担ってきた立場を生かして提案を行っていくことも求められるでしょう。それなくして、新規参入事業者に太刀打ちすることは困難な時代となりつつあります。
◎新規参入事業者
上では既存事業者によるネットワーク維持の肩を持ってしまいましたが、当然ながら新規事業者の参入も歓迎されるべきです。
既に、自治体バスの委託でも、貸切バス・タクシー事業者の参入が当たり前となっており、自治体バスの低コスト化を促進しています。
新規事業者の参入パターンの1つとして、自治体バス受託によって乗合バスに関するノウハウを積んでから、乗合バス事業に参入していくことが考えられます。
その場合、採算路線はもとより、既往事業者による運行では採算上ボーダーラインにあるような路線や、既存事業者が考えつかなかったような路線への参入も考えられるでしょう。
過疎地域の場合、スクールバスや福祉バスも含めた自治体バス全体の一括受託によって採算を確保していく動きも生まれるでしょうし、80条バスから21条バスへの転換による運行経費節減効果も一層期待できます。
事業者の方も、貸切バス・タクシー事業者だけでなく、トラック事業者などの参入が考えられるでしょうし、更に車両を保有しない人材派遣業的な参入も更に一般的になっていくと考えられます。
以上のように、自治体バス受託や乗合バスへの活発な新規参入は、単に低運賃化のみならず、さまざまなプラスのインパクトを路線バス事業にもたらすでしょう。
ただし、最も懸念されるのは、(既存事業者を完全に駆逐するまでには至らない)公共交通ネットワークの中途半端な破壊です。こうならないためにも、自治体の公共交通政策と調整能力が問われます。
◎地域住民
本来、地域公共交通機関を最も必要とするのはその地域の住民であるはずですから、その運営も地域住民が中心となって支えていくことが基本でなくてはならないはずです。
ところが、公共交通機関に対する参入退出規制があった時代は、国(旧運輸省)と事業者が公共交通の方向を決めていく枠組となり、住民はそれに対して要求していくという立場にならざるを得ませんでした。
規制緩和によってこの枠組は崩壊したわけですから、住民も地域の公共交通を自分たちで考え、維持していくスタンスに一刻も早く立ち戻ることが必要です。
いまだに、鉄道・バス路線の廃止表明に対して存続の陳情や要望を行う例が見られますが、残念ながらそのようなことで路線が残る時代は終わってしまっていることに気付かなければなりません。
自分たちが利用しなくなったということが廃止の根本原因であるという事実を忘れてはなりません。
また、過疎地域の場合、路線バス廃止は単に公共交通ネットワークの問題のみならず、その地域自体の人口や訪問客の減少をどのように食い止めるかということとも関わってきます。
「地域の路線バスは自らが責任を持って維持しなければならない」という自覚があれば、本当に路線バスが必要か、バスでないとだめなのか、なのになぜ廃止が問題となったのかを考え直し、反省することができるはずです。
そして、廃止代替バスという形も含めて、新たな公共交通の形をどのように考え、関わっていくかの議論ができるようになるでしょう。
具体的には、どのような路線形態であれば利用されるか、そして、金銭面も含めて住民が運営にどのように関わっていくのかについて、積極的に議論に加わることが第一歩となります。
※この内容は、現状に比べて古くなっております。最新の記述はこちらをご覧ください。
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